こだわりを手放す

何のために断捨離をしているのか?

ずっと自問自答しながら、今日に至ります。

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何のために断捨離をしているの?

導き出した答えは「清潔を保ちたいから」「家の中でリラックスしたいから」「子供がのびのび遊べるスペースが欲しいから」「家事をスムーズにしてほかのことに時間を使いたいから」「自分の持ち物は全て把握したいから」「身軽に生きたいから」など、いろいろ出てきました。

でも、それらを達成するのに片付けや断捨離をすることが本当に必要なのか?

「ミニマリスト」「殺風景」といったものに憧れを抱いているに過ぎないのではないか?

ミニマリストになって殺風景な部屋に住んだとして、私は満足なのか?家族は幸せなのか?

この本を読んで、しばらくうーんと考えていました。

雑然とした生活感溢れる部屋で過ごすと、「物が多くてイライラする~!」
とストレスをためることになる…と私は思い込んでいるのかもしれません。

物が多少あったとして、私の生活に影響があるでしょうか。
命にかかわるわけではないですよね。(寝る場所もない不衛生なゴミ屋敷だと影響大でしょうが…)

ある程度の掃除をして、衣食住を確保できればそれでいいのです。

でも、確保することができると、その次は無漂白オーガニックコットンの
日本製のブラウスが着たいだの、マクロビオティックに基づいた食事をしたいだの、
子供に持たせる玩具は木製のみ!だのと、さらに満足感を得るために「こだわり」を持ち始めます。

すると、徐々に新しいストレスが生まれるのです。

こだわりが私を縛る?

この服は中国製だからダメ!

客先で出されたケーキはグラニュー糖が入ってるからダメ!

子供が欲しがっているプラスチックのおもちゃは買っちゃダメ!

「幸せ」になるための「こだわり」のはずが、
「こだわり」からちょっとでも外れると今の自分は「幸せ」でないと決めつけて、イライラが発生してしまいます。

私も、物の有る無しにこだわりすぎて、
「もっと良い物を厳選して持たなければ…」とか、
「視覚情報を少なくするために見えない収納にしなければ…」とか
「しなければならない」ことを自らに課し、がんじがらめになっていました。

子供服が取り出しにくいのに、見た目を優先してボックス収納していたりね。

(過去記事:見える収納か、隠す収納か。あなたに合うのはどちら?)

こだわりを手放す

ミニマリストに憧れているけれど、その枠にはまるために排他的な考え方をするのはどうかな、と思うのです。
「こだわり」が悪いわけではありません。

マクロビオティックな食事で体の調子を中から整えるのも、木製の玩具も良いものだと思っています。

ただ、そこから少し外れただけでキー!!
とストレスフルになってしまうのは自分自身が辛いので、
「こだわり」は持ったとしても、他の物を受け入れる余地を残しておきたいな、という話です。

開き直って見える収納にしたことで、毎日子供服が取り出しやすく、
かつしまいやすいので、見えない収納に対する「こだわり」なんてポイーと捨ててよかったです。

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